瑠璃色の願い


 公園のベンチに座ると資料を放り投げ、足を投げ出した。ため息をつくと、懐からセブンスターを取り出し、火をつける。
 今にも雨が降り出しそうなこんな空では、子供連れも散歩途中の人もいなくて。ただ一人、私だけが公園の湿っぽい木製のベンチに腰掛けていた。
 煙を吐き出すと、目の前で白くほどけていくのを見つめる。
 ――らしくもない。仕事にためらいを覚えるなんて。
そう思いながらも、降り出しそうな空を見上げると、またため息が漏れた。
そもそも、私は感傷的な方ではない。そんな私でも今回の仕事には、いささかためらいを覚えた。
しかし仕事は仕事だ。放棄するわけにもいかない。そう、自分に言い聞かせ、煙草を捨てるとブーツのかかとで踏みにじった。もう一本吸おうと懐に手をのばすと、冷たいものが頬にあたった。
 「降り出してきたか……。」
 空を見上げ、手で雨を確かめると呟いた。
 「あなたがセイね。」
 突然、名前を呼ばれ、声の方に振り向くと、ベンチから2,3m離れたところに少女がいた。
 ――いつの間にこんなに近くに来ていたのか――
 少女は真っ赤な傘をさし、日本人形のようなつややかな黒い髪を流していた。歳の頃は九か十くらいだ。
 この少女は――
 「本当に髪が黒くて、目は瑠璃色なのね。驚いたわ。」
 少女は私の瞳を見つめて、そう言った。そういう少女の瞳も瑠璃色である。私はできるだけ平静を装って答えた。
 「お前の瞳も瑠璃色だろう。鏡を見たことがないのか?」
 そう冷たく言い放つと、少女は何がおかしいのか、くすくすと笑った。
 「あら。だって私、自分以外に見たことがなかったんですもの。驚いたわ。」
 くすくすと笑う少女に私が怪訝そうな顔をしていると、少女は笑うのをやめて、私のことを見つめて言った。
 「運命かしら?私を殺す人と髪も瞳の色も同じなんて。」
 少女の言葉に私は声を失った。そんな私を見て、少女はまたくすりと笑う。
 「……知っているのか。」
 苦々しく呟いた私に、少女はくるりと後ろを向くと、赤い傘をくるくると回しながら、水たまりの上を跳ねていく。少女の白い靴下に泥がとびちる。
 「あら、そうでもなきゃ、私があなたに会いにくるはずないじゃないの。」
 ふいに少女は立ち止まり、私の方を振り向くと微笑んだ。
 「私、あなたにお願いがあるの。」

 不安定な6月の空は、今にも泣き出しそうだった。
 曇りながらも、陽射しの強いビルの屋上から私は双眼鏡を覗いていた。ここからは向かいのビルが見渡せる。
 ガラス張りのビルの一室を覗きこむと、そこには皮張りの黒いイスに座りこみ、書類に目を通す一人の若い男がいた。
 私は腕時計に目をやった。2時50分。社長である男がでかけるのは、3時30分だ。その間40分間。それまでここで張っていなければならない。
 「それにしても暑いな…。」
 黒の皮のロングコートなど着てくるべきではなかったか。しかし黒でないと飛び散った血が目立って仕方がない。
 かちゃり。
 そんなことを考えていると、頭の後ろに冷たいものが当たる感触がした。
 すかさず私は身体を反転させると、男の手を取り、拳銃を叩き落とす。足元をすくうと、男はバランスを崩し倒れた。
 男の上に乗り、そばに置いていた脇差しを男の顔の横に突き刺す。男を見下ろすと私は言った。
 「…下らない冗談ばかりしていると、いつか死ぬぞ。リュウ。」
 「…この状況だとシャレにならないな。」
 そう言って銀髪に真紅の瞳をした男――リュウは笑った。
 脇差しを鞘におさめると、私はリュウの上から退いた。ぱんぱんとコートについた砂埃を払い落とす。
 「大体、そんなオモチャ、どこで手に入れた?」
 コートの砂埃を払い終え、リュウの方を見ると、オモチャの銃の引き金を引いていた。ぱんっと軽い音がして、銃口から万国旗がとびでる。本当に下らないことをする男だ。
 「本当は、本物用意したかったんだけどな。オレは銃使わないし。」
 私はため息をつくと、リュウからオモチャの銃を取り上げた。
 「そういう下らない小細工をしてる暇があったら、もう少し早く来い。待ちくたびれたぞ。」
 リュウは私の言葉にくすりと笑うと、私のあごを掴み、こちらを向かせた。間近でリュウの真紅の瞳が、いたずらそうに笑ったのが分かった。
 「こんな美人待たせるとは、オレも罪な男だな。」
 そう言うとリュウはくすりと笑った。
 私はリュウの手を振り払おうと手をあげた。しかし、その手は簡単にリュウに受け止められてしまった。手を後ろで縫い止められ、後ろから抱きとめられるようなかたちになる。後ろでリュウが微笑む気配がした。
 するり、とTシャツの中にリュウの大きな手が入りこんできた。リュウの細くて長い指が脇腹をなぞるように動く。
 私は後ろのリュウをにらみつけると言った。
 「…何のつもりだ。」
 リュウは私のうなじにキスを落とすと笑った。
 「仕事でもないと会えないからな。今のうちの楽しませてもらおうと思って。」
 脇腹をなぞっていたリュウの手がするりと下に動いた。
 私はすかさず、鞘に入った脇差しでリュウの股間をどついた。声も出せず、リュウがその場に倒れこむ。
 「今は仕事中だ。お前と遊んでいる暇はない。」
 私はリュウに乱された衣服を整えながら言った。
 リュウはその場にうずくまったまま、私のことをにらみつけてうめく。
 「…言ったな!?なら、仕事終わったらいいんだな!?」
 私はリュウを鼻で笑うと言った。
 「勝手にしろ。」
 リュウが驚きに目を見開いたのが分かった。
 私は呆気にとられているリュウに手を差し出す。
 「で?例のものは?」
 「あ、ああ。」
 私の声で我に返ったリュウが、ごそごそと自分の懐を探る。リュウの懐から、輪っか状に巻かれた透明な光るピアノ線が取り出された。
 私はそっとピアノ線に手を触れる。
 「あ、結構切れるぞ。これ、つけろ。」
 リュウが身につけていた黒の皮手袋をはずし、私に手渡した。受け取り、手にはめてみると、キュ、と皮のつっぱる感触がした。リュウがぴゅうっと口笛を吹く。
 「やっぱ色が白いと黒が似合うな。」
 私はリュウをにらみつけた。
 「…生っちろくて、悪かったな。」
 リュウがくすりと笑う。
 「そうじゃねぇよ。ほめてんだろ。」
 茶化すようなリュウを横目に、ピアノ線を手に取り、ぴんと張らせてみた。きらり、とピアノ線が光る。
 「それにしてもめずらしいな。お前がこんなもん使うなんて。お前の武器、日本刀じゃなかったか?」
 リュウの台詞に、私は思わず言葉に詰まった。本来なら、私も使いなれている日本刀を使いたいところだが――……
 「今日の依頼は…少し特殊だからな。」

 「お願い?」
 私は少女の言葉を聞くと、ハッと笑った。
 「命乞いでもするつもりか?…まぁ金次第なら考えてやってもいいが?」
 私はできるだけ、自分が悪役になるようつとめた。この幼い少女が私のことを憎んで、少しでも救われたら、と思ったからだ。
 しかし、少女は相変わらず、私に向けて微笑んでいる。――天使のような?いや、この笑みは、そんな幼い笑みではない。この少女は、年に似合わない笑い方をする。
 「いいえ。そんなことしないわ。私、死ぬのは恐くないもの。」
 私は少女の言葉に困惑した。こんな幼い少女が死ぬのは恐くない、と?
 「…なら、何だ?依頼主を逆に殺してくれ、とでも?」
 それが誰であるかも知らずに。
 私がその言葉を飲み込んだ時、少女はやはり静かに微笑んだ。
 「あら、まさか。お兄様は殺せないわ。」
 私は少女の言葉に絶句した。雨が――本格的に降り出してきた。
 雨の滴が私の髪や頬を濡らす。少女は相変わらず赤い傘の下で微笑んでいる。
 「そこまで…知っていたのか…。」
 苦々しく呟いた私に、少女は背を向け、赤い傘をくるくると回し、また水たまりの上を跳ね始めた。
 「そんなもの、会社の人に調べさせれば、すぐにわかるわ。」
 そういう少女の声は、何か楽しげに聞こえる。私は水たまりの上を跳ねていく、少女の背中を見つめていた。
 「…憎くはないのか?兄のことが。」
 「あら、だって仕方ないわ。お兄様の会社、本当に危ないんですもの。」
 少女の口調はまるで大人だ。――仕方ないわ。そんな一言で諦めてしまえる。
 依頼人である少女の兄は、とある会社の経営者だった。しかし経営に行き詰まり、会社は倒産寸前。そんな折、莫大な資産を持つ父親が病により死亡した。兄はもちろん父親の遺産により、会社を立て直す予定だった。しかし、遺産の受取人は、わずか十歳のこの幼い少女になっていたのである。
 「…くやしくはないのか?たかが数億の遺産のせいで殺されて。」
 遺産の受け取りは少女が成人してから。兄が今すぐ遺産を手に入れるには、この少女を殺すほかない、と資料には書いてあった。
 少女は振り向くと私の言葉に笑った。
 「数億あれば、人を殺す理由にはなるんじゃないかしら?」
 「どんな理由があったって、人を殺していいはずがない。」
 少女は私の言葉に驚き――そしてまた笑った。
 「あなた、いい人ね。」
 私はそれを鼻で笑った。
 「人殺しがいい人か。」
 「いい人、だわ。あなたは。」
 少女がカチリ、と赤い傘を閉じた。雨は相変わらず降っている。少女の黒いつややかな髪が雨に濡れていった。
 「だから私、あなたにお願いがあるの。」


「なぁに、ボーッとしてんだ?セイ?」
 私はリュウの声と耳をねぶる熱い舌の感触に我に返った。リュウの手は私のTシャツの中をまさぐっている。…この助平が。
 私はTシャツの中をまさぐっているリュウの手にピアノ線を巻きつけた。キュ、と軽く力を入れると、リュウの手首にうすく血がにじむ。
 「…切れ味、試してみるか?」
 「…遠慮しておきます。」
 私からピアノ線を解かれ、手首の辺りをさすっていたリュウがあっと声を上げた。
 「おい、アレじゃないのか?」
 そう言って、リュウはビルから出てきた若い男を指差した。
 「ああ。」
 少女の兄が出てきた――ということは…。
 私はビルの前の広場に目をやった。広場の向こうの道路から、黒いリムジンがやってくるのが見えた。
 「…アレだ。」
 「え?」
 私はリュウが問い返すより早く、ビルの屋上から飛び降りた。
 「あっおい!」
 リュウの驚きの声も無視し、私はビルの雨どいをつかみ、壁に足をつたわせて、そのまま落下する。
 上の方でリュウがピュウッと口笛を吹いたのが聞こえた。


 私は地上につくと、身体の埃を払い、草陰に隠れた。ちょうど黒いリムジンが、広場についたところだった。
 リムジンからあの、黒い髪に瑠璃色の瞳の少女が降りてきた。
 広場のビル側にいた兄が少女――妹に気付く。
 少女を見つけ、兄は困ったように微笑んだ。
 「ダメじゃあないか。仕事場まで来たら。」
 兄が嬉しそうにそう言ったのが聞こえた。
 「お兄様。」
 そう言って少女は兄の元へ駆け寄る。少女と兄の距離はおよそ3m。――今だ。
 私は草陰から飛び出すと、少女の背後に立った。兄が驚きに目を見開いたのが見えた。
 少女にピアノ線を巻きつけ、ピアノ線を握る手に力を入れる。ぴっと少女の白い肌に赤い線が走った。
 「お兄――」
 少女が最後の言葉を紡ぐより早く、私はピアノ線を強く引く。少女の血が赤い薔薇の花弁のように辺りを舞った。少女はまるで積み木が崩れ落ちるように、その場にバラバラになる。
 「あ…あ…」
 呆然とその様子を見ていた兄は、ふらふらと少女に近付いた。黒くたゆたう髪に指を絡ませ、少女の首を抱き上げる。
 その口唇はまだ紅く、その閉じたまぶたは今にも開かれそうだった。
 「う…う…うあああああああぁぁぁっ!!」
 兄は少女の首を抱きしめると、狂ったように泣き叫んだ。
 私はその様子を一瞥すると、そのまま背を向けた。少女の血が飛び散った黒の皮手袋をはずすと、肩口を強く誰かに掴まれた。
 「おい、何処へ行く気だ。」
 リュウだった。私はリュウの手を払いのけると、にらみつけて言った。
 「仕事は終わった。もう帰る。」
 「その格好でか?」
 リュウに言われ、改めて自分の格好を見た。黒いロングコートに飛び散った血は赤黒く光り、白いTシャツには紅い血の染みができている。
 「来いよ。」
 そう言うとリュウは私の手を強く握り、歩き出した。繋いだ手は暖かく、私は何故か安心した。

 シャワーを浴びて少女の血を洗い流すと、バスローブのまま、ベッドに腰掛けた。よく回らない頭で辺りを見回す。見慣れた部屋だったが、今は妙な違和感に襲われた。まだ身体の感覚がうまく戻らない。
 ここは確かにリュウの部屋だ。今までも何度か来たことがあるから間違いない。
 ――例え自分のパートナーでも、コードネーム以外明かさないのが掟なのに、リュウは自分の情報を簡単に私にさらす。もっとも、それが真実なのか、嘘なのか、確かめる術は私にはない。
 私は他にすることも思いつかず、呆然とベッドに座っていた。急に冷たいものが頬に押しつけられる。
 「ビール飲むか?」
 すでに片手に缶ビールを開け、口にしているリュウが私にたずねた。私は首を横に振る。
 「今は何も口にしたくない。」
 リュウがため息をつく。
 「相変わらず、精神面弱いくせに」
 リュウがさらりと私の前髪をかきあげる。
 「…なんであんな殺し方したんだよ?」
 私は無言でリュウから目をそらした。できるならこのことは、私の胸だけにしまっておこうと考えていたからだ。リュウはため息をつき、私と背中合わせになるように、ベッドの反対側に座った。
 「…お前が話すのが辛いなら、話さなくていい。でもお前が誰にも話せなくて辛いなら、オレに話してくれ。」
 「………………。」
 私は無言で床を見つめていた。フローリングの床の模様が、水たまりの波紋のようだった。
 しばらくすると、後ろでリュウがため息をつき、立ち上がる気配がした。
 「少し休めよ。疲れてるみたいだから。」
 そう言って肩をたたくと、私に背を向け、リュウは去って行こうとした。
 「…"残酷に殺して"」
 「え?」
 私のぽつりと呟いた言葉に、リュウが振りかえる。
 「…"あの人の目の前で残酷に殺して"」
 「セイ…?」
 「それがあの少女の最後の願いだったんだ。」

 私は少女の言葉に耳を疑った。
 「何だと?」
 降り続ける雨が少女の髪を濡らす。黒く光る髪と、少女の紅い口唇が、うす暗い湿った空気の中にぽっかりと浮かび上がる。
 紅い口唇がくすりと笑った。
 「残酷に殺して。」
 少女は一語一語、確かめるように、はっきりと口にする。
 「あの人の目の前で残酷に殺して。」
 その口調には、どこかうっとりとしたものさえ感じる。
 「それは…どういう意味だ?」
 私にはやはり、少女の言葉の意味が理解できずに眉をしかめた。
 少女は何がおかしいのか、私の言葉にくすくすと笑った。
 「あら、そのままの意味よ。あの人の…お兄様の目の前で残酷に殺して欲しいの。」
 少女はそう言って笑うが、私には理解できなかった。いや、笑いながら、残酷に殺して欲しいと言う、少女が理解できなかった。
 「…何故そんなことを?」
 他にどう言うべきか分からず、私はそう言った。
 少女はなおも楽しそうに笑う。――もう笑うことしかできなくなってしまったかのように。
 「あら、だってお兄様が死んでくれって言うんですもの。私は喜んで死ぬわ。」
 なんという女だ、と私は思った。愛しいものが願えば、死すら喜んで受け入れるというのか。
 私は先程の少女の歳に似合わぬ笑みの理由がようやく分かった。これはもう少女ではない。十分に女だ。
 すると少女は急に恐ろしい笑みを浮かべた。私は思わず背筋がぞっとした。
 「…でもね、許さないわ。」
 少女は口元に笑みをうかべたまま、穏やかに言った。私は金縛りにあったように動けなかった。少女の瑠璃色の瞳が、青く静かに燃え上がっていた。
 「私、お兄様を許さないわ。」
 許さない。そう言うと、少女は強くなってきた雨に赤い傘を広げた。
 赤い傘に黒い髪、青い瞳に紅い口唇の少女は、恐ろしく美しかった。
 「お兄様が私を忘れるなんて許さないわ。」
 「許さない…?」
 ようやく動けるようになった私は、それだけ口にできた。私の言葉に少女の瞳が笑った。
 「お兄様がいつか、私を忘れて…幸せな日常に…私のかけらすら、思い出さなくなるなんて…許さないわ…。」
 …私は段々、少女の意図するところが分かってきた。少女の望む願いが。
 少女はふいに、私の方へ赤い傘を差し出した。そして、とても嬉しそうに笑った。
 「だから、ね。お兄様の目の前で、私を残酷に殺して欲しいの。お兄様が私を忘れないように。夜毎、私を思うように。」
 私はもう何も言うことができなかった。
 小降りになってきた雨が少女の頬をつたう。
 「…生きたい、とは思わないのか?」
 考えたあげく、私の口から出たのは、そんな言葉だった。今考えてみても馬鹿げた言葉だ。殺し屋がターゲットに『生きたいとは思わないのか?』などと。それでも、その時の私には、死にたくない、助けてくれ、と泣き叫ばれた方がどれほど楽だったろうか。
 少女はその時初めて、今までとは違う、頼りなさげな笑みを浮かべた。
 「生きていることに、何の意味があるの?」
 私は思わず何も言えなかった。
 「お母様も死んで…お父様も死んで…お兄様にも必要とされなくなった私が…生きていることに何の意味があるの?」
 そう言った少女は頼りない、まるで一人ぼっちで家族の帰りを待つ、子供みたいな顔をしていた。
 しかし、それは一瞬のことで、すぐに少女はまた大人びた笑みを見せた。
 「だから、ね?お願いよ。あの人の目の前で残酷に殺して欲しいの。」
 「………………。」
 私はただ、足元に広がる水たまりの波紋だけを見ていた。

 「それが少女の願いだったんだ…。」
 私は俯いたまま喋っていて、リュウがどんな顔でこれを聞いているのか分からなかった。
 けれど言ってしまって、やはり言うべきではなかったと思った。私一人の胸にしまっておくべきだったのだ。
 しかし、そう思う心とは別に、私はもう、一人では耐えられなかった。一人で抱え続けるには、これはあまりにも残酷で悲しかった。
 「私は少女の願いを拒むことができなかった…。」
 少女が一瞬見せた、あの一人ぼっちの子供のような、頼りなさそうな顔が、頭から離れなかった。愛する人に必要とされなくなっては、生きていることにすら意味はないと、そう言った少女の言葉が忘れられなかった。
 「…正しいことをしたとは思ってない。」
 あの男は…あの少女の兄は、一生妹の死に様を忘れられず、少女を殺した罪にさいなまれ、少女を忘れることは一生できないだろう。
 「それでも…」
 忘れないで。
 忘れないで。
 どうか私を忘れないで。
 願いというには、あまりに狂気じみた、しかし呪いというにはあまりに純粋な少女の願いを私は叶えてやりたかった。
 あの、私と同じ瑠璃色の瞳の願いを―――
 喋り終えて、私はふと頬をつたう滴に気がついた。どうやら、ちゃんと頭をふくのを忘れていたらしい。
 気がつくと、目の前にリュウがいた。あごをつかまれ、上を向かされた。リュウが私の頬の滴を手で拭う。
 「――…泣くな。」
 泣いてなどいない。
 そう言おうと思ったのだが、何故か胸が詰まって、のどがカラカラで、何も言うことができなかった。
 ふいにリュウに引き寄せられ、強く抱き締められた。
 「泣くんじゃない。」
 そう優しく耳元で囁かれると、口唇にキスを落とされた。
 「ん…」
 リュウの口唇は暖かかった。私はいつもは拒むその体温にひどく安心した。
   そのまま、ベッドに押し倒されて、私は安らかな気持ちで瞳を閉じた。リュウのおおいかぶさってくる気配がする。
 スプリングのベッドがぎしりときしんだ。


2003年に初めて書いたオリジナル小説です。昔のサイトに載せてた物を復活させました。
…今読むと、初めて書いた小説がこのオチかい、と自分で思います(笑)
なんと某出版社の短編小説部門に応募したものだったり…(死)
…しかし、今考えるとライトノベル(少女向け)某大手にこんなもん送るとは(ちょぴっとやおいあるし…)命知らずもいいとこDEATHね(爆)
厨二病丸出しな小説ですが、この二人は自分では気に入ってたりします。


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