「カプチーノ」


好きだった人を嫌いになってしまうのは悲しいことです。
目の前のカプチーノを見つめながら、私はぼんやりとそんなことを思いました。
窓の外では夏の終わりの雨が降っています。まるで泣くことができない私の代わりに、涙を流してくれているような、静かだけれど激しい、そんな雨でした。
「どうして、だよ。」
ぽつりと呟いた彼の言葉に答えることができず、私はただ黙って冷めていくカプチーノを見つめていました。
このお店のカプチーノがとても美味しいのだと、そう教えてくれたのは彼でした。コーヒーの飲めなかった私は最初戸惑い、けれど彼に薦められ、初めて口にしたカプチーノは驚くほど甘かったことを覚えています。
きっと、このカプチーノを飲むことももうないのでしょう。
そう思うと、冷めないうちに飲んでしまわなければ、と思う心と、あの日初めて口にしたカプチーノの味を思い出してしまうのが少し怖いような心がないまぜになりました。
あの日もこうして、二人は向かい合い一言も口にできず、ただ俯いていたのでした。沈黙に耐えかねて、私が顔を上げたその時、カプチーノが運ばれてきたのです。
その時、口にしたカプチーノのなんて甘かったことでしょうか。沈黙に乾いていた舌を潤す液体に、私が「美味しい」と呟くと、彼がちらりとこちらを見て微笑みました。その日、初めて見た彼の笑顔を私は生涯忘れられないことでしょう。
「…好きな奴でもできたのか?」
こちらを見ないまま、呟いた彼の言葉に私は現実に引き戻されました。目の前のカプチーノからはもう湯気もたたず、くしゅっと潰れたクリームがただ浮かんでいるだけです。
「…理由くらいは教えろよ。」
怒ったように呟くのは、この人の悲しい時のくせです。そこまで知っているのに、どうして自分はもうこの人を愛せないのだろうと、そう思うと悲しくて仕方がありませんでした。
別に好きな人ができたわけではありません。
この人が憎いわけでもないのです。
ただもう、この人の傍にいるのは辛く、悲しく、この人の悲しい時のくせも、目の前のカプチーノの味も、何一つ変わらないのに、ただ私はもうこの人を愛せない。それだけが事実なのです。
「…ごめんなさい。」
どうすることもできず、申し訳なく私がそう呟くと彼はため息を吐きました。
「分かったよ。もう何も聞かない。」
ただ怒ったように呟いた彼が悲しくて、彼をまた愛すことも、理由を見つけることもできない自分が情けなくて、いつしか私の目からは涙が溢れていました。

変わってしまったのは、一体なんだったのでしょう。彼の去っていった後、冷めたカプチーノを見つめながら、私は考えていました。
季節がうつろうように、人の心もうつろっていくものだといいます。けれど夏の暑い日差しの中で冬が来ることを考えられないように、私もまた彼といる時に彼を失うことなど考えられなかったのです。
「お客様、こちらお下げしてもよろしいですか?」
いつまでもカプチーノに口をつけようとしない私に店員がやや苛立って、言いました。
「まだ飲みます。」
そう言うと、店員はやや苛立ちながらまた去っていきました。
私はそっと冷めたカプチーノに口をつけました。
それは苦く、冷たく、どろどろと私の胸を満たし、

ああ、変わってしまったのはこのカプチーノだったのだと
その時、私は始めて気がついたのです。

END

昔、やっていたメルマガに載せた小説です。
実は小説を書いた時点では、カプチーノを飲んだことがなく、 メルマガを発行した後で、某コーヒーショップで初めてカプチーノを飲み、
「しまった!!苦いじゃん!!」
と焦っていた思い出があります(苦笑)
か、彼女が飲んだのは彼がめためたに砂糖を入れたカプチーノだった、 ということにしておいて下さい…(笑)

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