Iの自殺とその考察


Hの証言

Iについて、ですか?
ええ、もちろん知っております。
私の兄ですから。
どんな人物だったか、ですか?
そうですね。野良犬みたいな人でした。
ええ、言葉の通りです。
犬みたいに誰にでもすぐしっぽを振って、誰にでもすぐなついて。ええ、だから友達もすぐ出来たし、顔も広かったようです。


でも誰にも縛られることはありませんでした。

誰も彼の首に鎖をつなぐことはできなかったのです。

野良犬みたいな人でした。
一人が好きなくせに寂しがりやで。

だからそんな兄を私はひどく憎んでいました。
愛されることを望みながら、決して誰のものにもならない彼のことを。

私が話せるのはこれくらいです。

理由?兄が死んだ理由ですか?
さあ、私には分かりません。

ただ私は
いつかこうなるような気がしてならなかったのです。

Nの証言

Iについて?
ええ、知っているわ。あの人死んだんでしょ?
自殺?
ああ、でも彼らしいといえば彼らしいわね。

彼は芸術家だったから。

よく私に絵を描いてくれたわ。代金がわりにね。

ふふっ。分からないって顔してるわね。
そんなものと引き換えに身体を売るなんてって。

でもね。私はそれでよかったの。
彼の描いた絵が好きだったわ。

すごく薄めた絵の具でね、
下描きもせずにささっと描いてしまうのよ。

ああ、でもあの絵、彼の形見になってしまったのね。

え?理由?

そうね、分かるような気もするし、全く分からないような気もするわ。

でも私なんだか
あの人だけは絶対に死なないような気がしてたの。

変ね。



Dの証言

Iについて?
お宅もずいぶんヒマ人だな。
まぁ、いいさ。
その代わり、ここはあんたのおごりだぜ。

そうだな。ガキみたいな奴だったよ。
ちょっとしたことですぐ怒るし、すぐわめくし。

怒った時はナイフみたいさ。
その鋭い言葉でぐさっと人を突き刺すんだ。
俺も何度殺してやろうかと思ったか分からんよ。

ああ、でもあの馬鹿、
俺が殺す前に先に逝っちまいやがった。
本当にあの馬鹿野郎…。

絵?
ああ、確かにあいつは絵が上手かった。

でも仕事にする気はなかったようだ。
自分で「女を口説く時にしか使わない」って言ってたし。

それで?お宅は結局何が聞きたいんだい?

奴が死んだ理由?
ああ、そんなの簡単さ。


誰も奴を
本当には理解できなかったのさ。

End

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