久し振りに部屋の掃除をした。何故なら数日後に新しい生活がまっているのである。生まれてはじめての親の転勤だ。
「うん、こんなものかなぁ」
白い壁と薄茶の床だけになった部屋。その片隅には緑で統一された荷物がまとまっている。すると、コロン……と何かが部屋を転がってきた。何もない部屋なので転がる音もよく響いていた。
わたしは足元にぶつかった原因を拾った。
「これは……クレヨン?」
金色のクレヨンだった。
瞬間、わたしの頭の中に苦いものが走馬灯のごとく蘇った。
* * *
あれは保育園の時。
「あゆちゃん、すっごーい」
みんなに注目されてわたしはまんざらでもないような顔で照れていた。わたしの手には五十色綺麗にそろったクレヨンがあった。親にせがんで買ってもらったやつだ。まわりの友達がわたしをうらやましそうに見つめていた。
そんな中、突然わたしの頭を叩いた。
「へーんだ! 自慢してるんじゃねー!」
名前は忘れたけれどもいつもわたしを目の敵(かたき)にしている男の子だ。
「きゃ!……いったぁーい!」
そして彼はざまあみろという感じに笑っていた。その後、彼はもっていたクレヨンを奪い取った。
「やめなよー!」
他のみんなが呆れた声で彼を非難していた。彼は周りの言うことを聞かずに、クレヨンの箱をひっくり返した。
――パラララ……!
五十のクレヨンが部屋の中に勢いよく流れ落ちた。音だけがフローリングの床のためエコーして大きく響いた。
「あたしのクレヨン……!」
そしてわたしはあまりの意地悪さに大泣きした。
泣き声は職員室の先生まで響き、彼は怒られた。クレヨンを探し……、しかしただ一つ金色のクレヨンだけは見つからなかった。
なくした思い出
ふ…と思い出してわたしは苦笑した。
「なぁーんだ。保育園にもっていたのは四十九色だったんだぁ」
部屋の隅に置き忘れていたらしいことがわかると、幼い日のあの憂鬱感は何だったのだろうかとおかしさでいっぱいだった。
「歩子――お茶にするわよ、下にいらっしゃい!」
階下からの母の声が聞こえてきた。
「はーい! 今行く――」
わたしは返事をしてすぐに階段を駆けて行った。
誰もいなくなった何もない部屋で風にゆられ、ころころ…と転がる音がずっと響いていた。
――Fin.――