094.虫ケラ


“ゴルゴダの丘はもう無い”

 呻きが聞こえる。それは誰のものだ。それは自分のものだったか。
 その光景から目を反らす事は出来無い。まばたきすら出来無い。歯の根が噛み合わない。
 なのに音は聞こえない。ガラス1枚で遮断されている。そちらを見る事しか許されていない。
 その先端に刺さっているのは子供だった。ガラスの向こうの光景、一部が鉄柵の様になったギロチンの柵の先端に首を貫かれ、両腕両足を1本ずつギロチン穴に通された姿で目を閉じ、静かに泣いている。
 ふと、首を刺し貫くその先端で黒い何かが揺れている事に気が付いた。だがすぐにそれが何かを理解して吐きそうになった。それは剥がれた皮に残った髪の毛だった。
 腕が落ちた。ギロチンが1つ落ちたからだ。なのに子供はただ静かに泣いている。解っていないのか。もう痛みを感じていないのか。それとももう死んでいるのか。否、生きているならもっと残酷だ。
 ゆっくりと、1本ずつ、腕が、足が切り落とされて行く。それでも子供は静かに泣いていた。
 ガラスに映った支配者の姿が動く。支配者は愉しそうに笑みを浮かべていた。まるでそれが極上の見せ物であるかの様に。口が言葉を象った。向こうにはこちらの音が聞こえているのか、子供の目が薄く開き、下を見る。表情が変わる。驚愕と、絶望と。だがそれなのに決して泣き叫びはしなかった。
 ああ、何故。何故そんなにも静かな顔で泣く。
 お前がそんな目に遭う必要は無い筈だ。お前が死なねばならない理由は無い筈だ。お前が全てを背負う必要は無かった筈だ。なのに何故。
 聞こえてくる呻きは誰のものか。あいつか。自分か。
 狂う事は出来無い。これは紛れも無い現実。視覚以外の感覚を遮断されようとも、間違いなく現実なのだ。これは実際にこのガラスの向こうで起きている。
 再び笑顔の支配者の影が動く。子供の背後に火が放たれた。燃え盛る炎。徐々に子供の身体を炎が包んで行く。それでも子供は静かに涙を流している。
 目を反らす事は出来なかった。まばたきなんて出来る筈が無かった。叫びも咆哮も飲み込んでただ歯を食いしばる。
 ガラスの向こうの子供の姿に被る様に支配者が哄笑する姿が映り込む。炎に包まれた子供は最早真っ黒になっていた。
 なのに何故、そうも静かに泣いているのが見えるのか。
end
よんだよ


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 只今挑戦中あとがき?

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